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第17課 天気予報 #日语 #零基础学日语 #外语 #日语学习 #学日语 江戸時代にも天気予報があって、幕府の役人が、翌日の天気を予報していたそうだ。気象観測の技術など、ほとんどなかった時代のことだから、当然、正確な予報はできない。それなのに、予報が外れると、担当の役人は厳しく責任を追及された。  そこで、役人は責任を逃れるために、毎日、「明日は雨が降る天気ではない。」という予報を出していたそうだ。この予報は、「雨が降る」を「天気」に係る言葉だと考えれば、「明日は雨が降らない。」という意味になる。ところが、「明日は雨が降る、天気ではない。」と途中で文を区切れば、逆に、「明日は雨が降る。」という意味になる。句読点がなければ、どちらにも読み取れる文なのである。したがって、翌日がどんな天気になっても、「雨が降る天気ではない。」と予報しておけば、絶対に外れる心配はないというわけである。  これなら、たしかに責任を追及されずに済む。うまいことを考えたものだと思うが、これはたぶん作り話だろう。  現代では、勿論こんないい加減な予報は考えられない。それでも以前は、天気予報と言えば、当たりないものの代表のように言われていたものだ。「天気予報を信じたばかりにひどい目に遭った。」という苦情が、気象庁に殺到することもあった。あまり予報が外れるので、「江戸時代のほうがよかった。」と思う予報官もいたことだろう。  しかし、最近、天気予報についての苦情はそれほど聞かれなくなった。気象観測の技術が発達して、予報が正確になったからである。レーダーで、曇の動きを正確にとらえることができるようになったし、地域の気象を自動的に観測する施設も、全国に整備された。  そして、それらが観測した情報を、コンピュータで分析して、即座に気象の変化を予報できるようになった。さらに、気象衛星によって、レーダーで捕らえられない広い範囲の気象も把握できるようになり、天気予報の精度は、ますます高くなった。  自然が相手だから、100%的中させるわけにはいかないが、江戸時代の役人には想像もできない進歩であることは、間違いない。
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